2013/03/09

コーヒーが嫌いな彼女の為の甘い朝食。


ダークブルーの冬の空は細かい星で埋め尽くされていた。
僕はその星の中に隠れている色んなお菓子をメモ用紙に描き移していった。

「コーヒーって苦いから嫌いなの。」
クロワッサンとスクランブルエッグの横にサラダを添えただけの
簡単な朝食の前で彼女はさらりと言った。

ドリップしたてのコーヒーの香りを慌てて全部吸い込んだ僕は、軽く微笑み返し、コーヒーを片付け、二人分のハーブティーを作り直した。
その日以来、僕は彼女がどうしたらコーヒーを好きになるか、(もしくは一緒にコーヒーを飲めるか)について考えていた。

世界中がまだ寝息をたてている中、僕は生地を寝かしつけ、その間にチョコレートの湯煎を始めた。それから練ったバターに砂糖をたっぷり加えて、卵黄とチョコレート、そしてメレンゲをそこに流しこんだ。寝かしていた生地を取りだし、平たく延ばして折りたたんだ後、犬のしっぽみたいにクルクルっと巻いた。

空を見上げると、さっきより星の輝きは減り、
世界を覆い尽くしていた深いブルーは、下からのオレンジの光と混ざり合い不思議なブルーへと変化していった。
部屋の中に残っていた夜も、チョコレートケーキの焼ける匂いとSigur Rosの音楽に混ざり合い、朝の光へと変わっていった。
最後まで輝いている月と金星を眺めながらスイーツが焼き上がるのを待った。

月が消えてキッチンが明るくなると、チョコレートケーキとマカロン、クロワッサン、カヌレ、ドーナツ、モンブラン、ショートケーキ・・・
夜空の星の中から選び抜いた甘いものがテーブルの上を埋め尽くした。

「コーヒーが嫌いな彼女の為の甘い朝食」

そう呟いて顔を上げると、テーブルに彼女が座っていた。
彼女は小さく欠伸をして、
「素敵な長方形ね。」
そう言ってオペラを手に取り、そこに美しい歯形を残した。
それから彼女はマカロンの光り輝く円形を破壊し、板チョコを齧る音で世界中に挨拶をして、夜空に最後まで残っていた三日月みたいなクロワッサンを愛おしそうに眺め、口へ運んだ。

トノは尻尾を振りながらふらふらと自分の皿の前に行き、マドレーヌ型のクッキーを食べ始めた。

僕はそんな二人を眺めながらコーヒー豆を挽きはじめた。
カリカリという小気味良い音と共に挽きたてのコーヒー豆の香りは部屋中の甘い香りを引き裂いた。
僕はそれをペーパーフィルターの上にそっと乗せ、注意深くお湯を注いだ。
ピンと張りつめていたコーヒーの香りは、柔らかなやさしい朝の香りに変わっていった。
最後の一滴が落ち、彼女の方を見ると、彼女もコーヒーを淹れている僕を眺め、微笑みかけていた。

テーブルの上には白い大きな皿しか残ってなかった。

僕は彼女の目の前にあるカップにコーヒーを注いだ。
彼女は目の前の香りを愛おしそうに吸い込み、カップに口をつけた。けれど彼女はコーヒーの苦みに反応するように彼女は眉をひそめた。

僕は静かに見守っていた。

「おいしいね、コーヒー。」

彼女はもう一度微笑み、そしてもう一度コーヒーを飲んだ。
僕は今淹れたばかりのコーヒーの説明をした。

僕らのやさしい朝が始まった。



2013-14 autumn&winter




0 件のコメント:

コメントを投稿