「………。」
そう言って、彼女はきちんと並べられた布の束に指をかけ、その中から何枚かを抜き取った。
僕は彼女の台詞に驚き、聞き返しそうになったけれど、冷静なふりをして、紙の上に彼女の言葉を書き留めた。
☆
◯色の枠の扉を開け僕はお店に入った。
朝の空気と部屋の中に残っているワインの香りが入れ替わったのを確認して、軽く濯いだワイングラスに氷とレモンの輪切りを入れて炭酸水を注いだ。
テラスでは、グラスの中の炭酸の爽やかな音と、氷の軋む音が響いた。
テラスでは、グラスの中の炭酸の爽やかな音と、氷の軋む音が響いた。
僕はそれを一息で飲み、斜め向かいのカフェに向かった。
店主と軽く立ち話をしてコーヒーを持ち帰ると、僕の座っていた椅子に彼女が座っていた。
『氷もらってもいい?』
僕が了解すると、彼女はグラスの中から溶けかかった氷を直接掴み、片目を閉じ、日の光に照らされたオリーブの木を覗き込んだ。
『うん、いい庭ね。』
そう言って彼女は、氷を口の中に入れた。
コーヒーはとっくに冷めていたけれど、飲み干し、僕は彼女に自己紹介をした。
☆
『ストロベリーとマンゴーと桃のソースに・・・あっ、練乳もかけてね。』
僕はランプの精みたいに、積み上がった薄氷の重なりの上に蜜をかけていった。
青、オレンジ、黄色、、、真っ白いキャンバスの山は、透明になったり、初めて見る色を付けたりしながら、そこに一頭の動物を描いた。
『今日はライオンね、』
彼女は嬉しそうに笑いながらライオンの描かれたかき氷を食べた。
初めて会った時から彼女は一貫して冷たいものを好んだ。水温より温かいものを口にしたのを見た事は無かった。
コーヒーはもちろんアイスコーヒーだし、パスタもスープも全て冷製だし、冷たいカレーを初めて見たのも去年の夏だった。
だから僕は一年中、彼女の為にかき氷を作った。
そしていつの間にか、そこは僕のキャンバスとなっていた。
ライオン、シマウマ、キリン、オウム・・・色々描いたが一番喜んだのはトノの顔だった。
☆
ドアを開けると、僕より先に相棒のトノが中に入り、隅々までクンクンと店の中の点検を始めていた。その間に僕は、小さなテーブルと椅子を二脚テラスに出し、そしていつもの様にグラスに氷とレモンの輪切りを入れ、炭酸水を飲んだ。
あの頃と違い、炭酸水を飲んだ後に吐いた息は白く、
僕の心と同じ様に行き場を見失ったまま消えていった。
僕の心と同じ様に行き場を見失ったまま消えていった。
コーヒーを飲み店に戻ってもテーブルには氷とレモンの残ったグラスがひとつあるだけだった。僕は日課の様に、辺りを見回してみたが、誰かが現れる気配は今日も無かった。
僕の日常は毎日同じ様に過ぎ、けれども季節は確実に冬に変わりはじめていた。
僕は頭を二三度振り、目に入った生地を一枚抜き取り、ワンピースに見えるようボディーに巻き付け、並んでいる白い洋服を等間隔に並べ直し、音楽をかけた。
小さなピアノの音がGymnopedie と分かった頃、ひとりの女が店に入ってきた。
「デートに着ていく服が欲しいの。」
半年ぶりに会った彼女はそう言うと、店の中から生地を選びはじめた。
「今度○○っていう人の展覧会があるの、だから新しい服を作りたくて。」
彼女はコーヒーポットを取り、暖かいコーヒーを注いで飲んだ。
僕は一瞬本当に人違いかとさえ思った (実際に人違いであって欲しいと願った)けれど、トノが彼女の足元の匂いを嗅ぎ、見上げて尻尾を振ってるのをみて、本人だと確信した。
彼女は味覚だけじゃなく、外見も(爪の色さえも)きれいさっぱり変わってしまっていたけれど、匂いとトノに対する笑顔は昔のままだった。
トノと遊んでいる彼女を見て、居なくなった理由を尋ねるかわりに、白地に動物の絵の描いて
あるサテンの生地を彼女に差し出した。
彼女はぱっと明るい顔になり、それに合うワンピースの型を探しはじめた。
僕は紙の上に
「かき氷のシロップで描いたような冷たくて甘いワンピース」
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