薄いベールの様な冷たい湿気に包まれた気持ちのいい朝、
いつもと同じテーブルに座り、いつもと同じシャンパンを注文した。
僕は朝にシャンパンを飲むのが好きだった。
透き通ったグラスに立ち上る数本の気泡の筋を眺めるのが好きだった。
テーブルに映る陰の中にある、白黒の泡を見ているのも好きだった。
そう、結局のところ僕の泡、、いや、朝は、シャンパンの気泡を眺める事から始まる。
そんな事をぼんやりと思っていると、僕の前に一匹の猫が立ち止まり僕の方をじっと見た。
僕らは1分ばかり見つめ合い、彼女(たいていの猫の事は彼女と呼ぶようにしてる)はあくびをして何事もなかった様に通り過ぎた。
いつもと変わらない朝だ。
いや、不意に頭の中に鉛色の雲が立ちこめている事に気がついた。
僕はため息をつき、前に別れた彼女(この場合は人間の女性を指す)に関する、無数の蟻のような思い出たちが、、、
-久しぶりに再会したとき、彼女は昔と同じように、一点の結び目もないような黒くて長い髪をして、、、
眺めていた気泡が割れた音が聞こえたような気がして、僕は我に返った。
思い出に浸る、、いやそんなもんじゃない、思い出の熱湯に足を入れている事に恐怖を感じた僕は、諦めの悪いイタチの様に頭を振り、真っ黒な水中メガネを装着して、シャンパングラスの中に飛び込んだ。
水面にゆらゆらと立ち上っていく泡とは逆に、僕は底の方目指して泳いだ。
さっきまで眺めていた泡は、僕の気も知らず次々と僕に体当たりしては割れていった。
僕はやっとの思いで底に辿り着き、上を眺めた。
水中メガネのせいで暗くなっていたが、小さくて華奢な感じの泡たちは、華奢なのは変わりないが少しだけ大きくなっていて、外から見ていたのとは違うドットになっていた。
僕は何も考えず少しの間それを眺め、深呼吸をして目を閉じた。
真っ暗だった、ただ、一筋の気泡だけが残像の様に上っていた。
ノルマンディー地方の冷たく冷酷な波のように押し寄せていた記憶のかけらは無くなっていた。
冷酷な記憶は、シャンパンの泡の様に底から次々と立ち上がってくるけれど、いずれ空気となる。
☆
今日は悲しいシャンパンの泡のはなし。
悲しいシャンパンのお話。
返信削除私も文章を読みながら、頭の中で想像してみました。
シャンパングラスの水の底に辿り着いた時、
上を眺めたら何がみえるのだろうって
思いました。
私は何も見えなかったのだけれども、
泡が身体に当たって消えていく痛さは感じました。。
もうjunさんの頭の中には、来年のイメージが
あるんですね^^